ⒸCHIGUSA Records
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金本麻里 | Mari Kanemoto

小学校から高校まで合唱部に所属し、仙台医療福祉専門学校を卒業。現在は障害者施設にて働く。2006年8月、友人と入った盛岡のジャズ喫茶「開運橋のジョニー」でジャズと出会う。06年10月、同店で職場仲間のバンドでポップスを歌う。これが店主の照井顕の目にとまり、ジャズボーカルを勧められる。地元ピアニスト藤原健夫氏のバンドで歌い始めるが、翌07年、盛岡市で行われた世界的ピアニスト穐吉(あきよし)敏子のコンサートに感銘を受け、本格的にジャズボーカルの勉強を始める。

現在は「開運橋のジョニー」での定期的なライブの他、盛岡を中心にしたコンサート、イベント、ジャズ祭等で活躍している。11年3月に照井のレーベルであるJohnny's Disk からCD「ホープガール」を発表し注目を集める。CDのエンディング曲である「HOPE」は穐吉敏子作曲、谷川俊太郎作詞で、ライブのラストに歌う大切な持ち歌となっている。

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 金本を発掘した「開運橋のジョニー」店主照井顕は、1974年に穐吉敏子=ルー・タバキン・ビッグバンドのデビュー作「孤軍」に感銘を受け、日本人の演奏す るジャズ「和ジャズ」に目覚めた。75年に陸前高田で日本ジャズ専門店「開運橋のジョニー」を開店(その後盛岡市へ移転)。以来、穐吉との親交を深めてき た。ちぐさの吉田衛は「私は穐吉さんが生まれる以前から音楽を聴いているが、照井さんと同じで、〝日本にいいミュージシャンが生まれること〟これが一番の 念願です」というメッセージを照井に送っている。

2013年5月、東日本大震災の被災地支援のため、横浜と東北との交流を図っているアマチュアバンド「横濱サクソフォニスト」の有志が、照井と金本を「ちぐさ」へ 招聘した。金本にとってこれが横浜での最初のライブとなり、ジャズボーカリスト・金本麻里がちぐさ会や横浜のジャズ愛好家の人々に触れた最初の機会となった。


Ⓒ Joe Endo
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遠藤定 | Joe Endo

 遠藤定は1989年3月7日東京生まれ。高校時代にマーカス・ミラーを聞いて衝撃をうけて以降、ベース音楽に傾倒。洗足学園音大ジャズ・コースに入学し、納浩一や藤原清登に師事してプロ活動に入る。2008〜09年カレッジ・ロック・フェスティバル関東大会優勝、10年神奈川フィルハーモニー管弦楽団と「ジャズバンドと管弦楽のための協奏曲(R.リーバーマン作曲)」を共演して高い評価を得る。同年世界的アコーディオン奏者cobaと共演。12年東海テレビ昼ドラに音楽で参加。13年西島千博、14年浅丘雪路と共演。この間ライブハウスやコンサートで多くの有名ジャズメンと共演し腕を磨いている。

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 日本のベース界は、最年長の稲葉國光(1934年生まれ)や鈴木勲(1936年生まれ)をはじめ、中村照夫、水橋孝、鈴木良雄などベテラン勢が今なお自己グループを率いて独自の活躍を続けており、藤原清登、納浩一、中村健吾ら腕利きの中堅が続くが、若手の中では安ヵ川大樹以外に積極的なリーダーが活動を行う機会が少ない。遠藤が今回の賞とレコーディングを支えとして、新鮮なアイディアの下にベース主導の意欲的活動を継続発展することを期待したい。

 

 ちぐさ賞第2弾に遠藤定というまだ26歳の極めて若いベース奏者が選定されたことは、大きな意義があると思う。リズム・セクションの中で、ベースはリズムのサポート役として非常に重要だが、ソロの機会は比較的少ないのでどちらかといえば地味な存在で、ピアノのようにスポット・ライトが当たりにくい。この点、遠藤定のベースは重厚なトーンと軽快なリズム感を多才なオリジナル曲に巧みに表出してトリオ演奏を牽引しており、舞台の中央で楽器をあやつるステージ・マナーもなかなかカッコ良いポーズを見せて頼もしい存在感を発揮する。ちぐさ賞にふさわしい新発見の逸材だ。

(瀬川昌久・Its's Now or Neverのライナーノーツから)