アジア唯一のアナログレコード工場潜入記

 横浜発のアナログレコードレーベルCHIGUSA Recordsの立ち上げメンバーで一番レコードから縁の遠い人のが私・鈴木光です。他のメンバーはそれぞれ音楽制作やジャズに造詣が深く、アマチュアジャズバンドでサックスを吹いてはいるものの、レコードやプレーヤーを持っていない、かけることが出来ないのは私だけです。そんなわけで、とにかく「レコードを作るならレコードのことを知らねば!」と、「レコード盤制作の現場」に行ってきました。素人でもワクワクしたレコード制作の現場をご紹介したいと思います。

 

 なんとアナログレコードを作れる会社はいまや日本どころかアジアで唯一となり、しかも、その会社は、ちぐさと近い横浜市鶴見区にある「東洋化成」という会社なのですから、驚きです。「東洋化成」は、ローカル色漂うJR鶴見線の鶴見小野駅から歩いて10分くらいの京浜工業地帯の中にあります。今回の見学は担当の方に事前にご相談して、拝見させて頂きました。

 

 先に言ってしまうと、この「東洋化成」は400万枚を記録した大ヒット曲「およげ!たいやきくん」(1975年発売)を生み出した工場なのです。(工場には、記録を祝ったキャニオンレコードからの記念の盤が飾ってありました)

 さっそく工程に沿って現場を見学させて頂きました。まずは、レコードの命とも言うべきレコードの原盤「ラッカ―盤」を作る「カッティング」です。こぢんまりとした部屋にチャンネルが沢山あるミキサー卓(カッティングの段階で最終音調節をする機械)とレコードプレーヤーのような機械がありました。赤いソファがあり、とてもここでレコードが作られるようには思えません。そんな中で、カッティング担当の方が丁寧に工程を教えて下さいました。ここでは、「ラッカ―盤」にする前の盤(溝がなくてツルツルしています)を極細の針で削り、溝を作っていきます。溝ができると一見普通のレコード盤のように見えます。これが、「ラッカ―盤」です。

 この“溝を作る=音源を信号化して削る”作業には高度な技術を要するそうです。なるほどと思ったのは、レコードは円盤で、外側と内側の円周の長さを比べると当然、外側の方が長く、内側に行くほど短くなります。そこに、信号化した音の情報を刻むことになるのですが、当然、内側の短周に行くほど、音の信号情報をたくさん詰め込むことになります。よって、音の質としては、内側より外側の方が良いといわれ、低音のゆったりした音であれば、内側より外側の方が向いていることになるそうです。

 そんなことから、ミュージシャンやレーベルによっては、レコードの曲の順番をレコードの音の特性に合わせて変えたり、一番ウリな曲は外側に配置(しかも、なぜかB面の二曲目が好まれたそうです)していたらしいです。お手元にレコードのある方は、ぜひ、B面の2曲目を見てみてください。名作といわれる作品があるかもしれませんね。

 そんな音楽好きにはたまらない話も教えて頂きながら、「カッティング」を後にし、次はプレス作業の現場を見学させて頂きました。本当は、この間に、「ラッカ―盤」をメッキ処理して「スタンパー盤」(印刷原稿のようなもの)をつくる過程があります。

 ここに来るまでに、下のような過程を経て4盤も作成され、とても手間暇のかかった手作業です。
 ラッカ―盤(溝が凹)→マスター盤(凸)→マザー盤(凹、ここで音の確認が出来る)→スタンパー盤(凸、大量生産の元)→LP盤(凹、完成品)

プレス作業では、見慣れたレコード盤が次々と増産されていました。その工程はとてもシンプルです。黒いレコード原料(塩化ビニール)が機械に投入され、高熱で溶かされて粘土状になり、プレス機械の先で待ち構えている「スタンパー盤」A面とB面で挟まれ押しつぶされて溝が刻まれレコードとなります。そして、その時に、レコード名等が印刷されたレーベルも貼られます。このレーベルは、糊などで接着されているのではなく、ただ、圧着されているだけというから、驚きです。

 ちなみに、昔は手動でプレスしていた時期もあったらしく、原理は一緒ですが、生産できる枚数はけた違いですね。東洋化成では、日本以外の海外からも受注していて、工場内のあちこちでは、韓国や中国、英語のレーベルがちらほら見えました。

 また、このプレスをしていたベテランの方は、実は昔のちぐさに何度か来たことがあるという方で、嬉しい偶然でした。こういう方に、新生「CHIGUSA Records」のレコードを生み出してもらえるのは、横浜のちぐさならではだと思います。

 いくつもの工程と職人の手作業、高い技術によって作られるアナログレコードの現場を見て、デジタルとはまた違うアナログの音というものがあり、それだからこそ、昔も今も愛されているのだと感じました。
 レコードを聴く為には「レコードを回転盤の上に置いて、針をそっと落とす」という手間がいります。CDのように、プレヤーに挿入して、スイッチ一つというわけにはいきません。ですが、アナログレコード制作の現場をみると、そのひと手間が愛おしく思え、万年筆で大事な手紙を書くような感覚に似ているような気がしました。私もレコードのかけ方を習ってみようかなと思う秋の少し潮風を感じる帰り道でした。

CHIGUSA Records Manager 鈴木光